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2022 / 09 / 21

SPAC俳優 奥野晃士&栗田丈資の共演コラム 2022/9/17

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(2022)9月17日台風14号が接近中の中、静岡県静岡市清水区の駅前銀座アーケード街にて初の「ジャズストリートしみず2022」が開催されました。迫力のビバップ魂のピアノトリオ、ゴスペルクワイヤー、J ポップを取り入れたヴォーカルユニット、そしてラテンジャズグループなど個性あふれるプレイが繰り広げられ多くの市民が足を止め耳を傾けてくれました。それらの演奏の合間に全国でも珍しい県運営の静岡舞台芸術センター、通称スパックの看板俳優 奥野晃士と栗田丈資の共演がありました。

奥野晃士はこれまでにの多くの歴史物の素材を中心に取り上げ、栗田丈資とも2011年依頼の共演を各地で重ねて参りました。(公演実績 「侍たちの茶摘み唄」「注文の多い料理店/宮沢賢治」など多数)

当日はまさに静岡市清水区(旧清水市 清水港)にふさわしい「清水の明治次郎長伝」が語られ栗田丈資のソロピアノとのコラボレーションが披露されました。

次郎長の生き様を見て現代日本人に「死」に対する古き良き日本人の敬い方を見事に語ってもらいました。

 

 

下記は奥野晃士氏投稿のコラム

17日台風が近づいている中、清水の駅前銀座商店街でのジャズストリートしみずでの『明治次郎長伝』が無事終わりました。栗田丈資さんのピアノを特等席で堪能させて頂きつつ、前半のキッタハッタの世界の次郎長ではなく、明治になってからの次郎長は弱きを助け、死ねば皆仏様だと、咸臨丸の乗組員の遺体を埋葬する。官軍から次郎長の首を刎ねよとの圧力を、山岡鉄舟は『死人に官軍も賊軍もないとの一言が気に入った』とばかりに跳ね除け、『壮士墓』の石碑の建立にも尽力。碑は今も残っている。箱館戦争の時千代ヶ岡台場で壮絶な戦死を遂げた中島三郎助と二人の息子の話は涙ものだが、ダニーボーイをバックに、明治8年の天皇の北海道行幸に木戸孝允が随行した際、若い時に中島家に住み込みで造船学を学んだ経験のある木戸は千代ヶ岡に差し掛かった時、中島父子を思って人目も憚らず号泣したというエピソードを涙を堪えて読み切ったが、その次の、生まれたばかりだった中島の三男與曾八が次郎長庇護の元清水で育ち、東大を主席で卒業して海軍大将になったエピソードには涙腺が半分くらい崩壊してしまいました。栗田さんのダニーボーイには勝てないです。道ゆく人も足を止めて下さり、どんどん集まって下さって、最初の頃の二倍以上に膨らみました。今次郎長を語るのは、『死』に対する、古き良き日本人の敬い方が失われてきてる今こそやりがいあるし、次郎長の生き様を見て、現代日本人は学ぶ点多し。ご来場いただきました皆様ありがとうございました。

 

 

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