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2021 / 05 / 26

彩り通信 掲載コラム Vol.3

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(私のアメリカ音大留学の到着日の事です)とんでもない所に来てしまった!これがボストン
到着の第一印象でした。時は昭和52年8月の暑い日、今から41年前のことでした。大学からの
合格通知はあるものの、大学の受付で入学許可が降りない学生が続出しているとの事。えっ!
ここまで来て大学に入れない!こりゃ大変だ!意味がわからない!Berklee College of Music
(バークリー音楽大学)は世界中から多くの外国人留学生を受け入れておりました。しかし当時
は、受付で英会話を試されしゃべれないと判断されれば、たとえ合格通知を持っていても入学が
先送り、英会話学校をその場で紹介されるとの事だったのです。

私は大学の寮生活を希望しており、もし入寮までだめなら今夜から何処に行けばよいのか?そん
なことが頭をよぎりました。何が何でも入らなければと!私の心は映画スパイ大作戦のトムクル
ーズが絶対侵入不可能な敵地にどうしたら入れるか?・・・まるで
そんな気分でした。もちろん入学に際しては予め英語の能力証明書を提出しており、手には合格
通知を持っているのですから、日本ではこの証明書が絶対なはず!しかしアメリカは違っていた、
超実践主義、そもそも留学を希望した段階で当時はインターネットも情報誌も全く無いわけで、
本当にそんな大学が有るのかさえハッキリしてなく、とにかく情報不足で全てが手探り状態でした。

さて、私の入学手続きの順番が迫ってきました。突然後ろから『良かったらその荷物持ちますよ!』
と日本語で声を掛けられました。私と同じ日本人留学生でした。と同時に私の順番が来てしまい英語
での諸手続きが始まりました。ほとんど何を話したか覚えてませんが、なんとか無事に許可されました。
そして私の荷物を持ってくれた方は、まるで”私の荷物持ち”のような顔をしてどさくさに紛れて、結局
私が彼の手続きまでするような形で彼も無事入学できました。この方現在は東京で名のある作曲家とし
て活躍しており、私より10歳も年上でしたが、私より英語が苦手で『良かったらその荷物持ちますよ!』
の意味がわかりました(笑)

その足で寮に到着して与えられた部屋へと向かいました。大学の別館の上階が全て寮でした。下層階が
大学になっていてそのしくみは大変合理的、後でわかりましたが元ホテルを大学が買い取ったとの事で
した。そんな発想でさえ当時は新鮮に写りました。さて私の部屋は8階の二人部屋でした。部屋を開けた
とたん唖然としました。部屋も狭かったですが、何か泥棒が物色をしたかのような部屋の散らかり具合・
・・大きなトランクが開いていて洋服が散乱、2段ベッドの下に荷物がどかっと乗っており、自動的に私
はベッドの上段で寝るのかと思いました。一難去ってまた一難と放心状態でいたら、突然ドアが開いて
ヒゲもじゃの外人(笑)が立ってる・・・ワォーこんな幕開けで私の4年間の留学生活がスタートしま
した。続く!
(栗田屋本店 彩り通信  掲載コラム 2018/6)

 

 

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